こんにちは、赤坂矯正歯科 院長の黒岩です。
「奥歯が1本抜けたままなんですが、特に困っていないんです」
初診相談で、ときどき伺うお話です。
無理もありません。奥歯は笑っても見えませんし、痛みも出ません。反対側で噛めば食事もできてしまいます。
ですが、お口の中では静かに変化が始まっています。
奥歯は、噛む力を支える土台です。その土台が1本抜けた状態が続くと、周りの歯が少しずつ動き出します。
これまでの記事では、親知らずを抜くか残すか活用するか、あるいは失った奥歯の代わりに親知らずを前へ移動させる方法についてお話ししてきました。
今日はその手前にある話、「奥歯を失ったまま、何もしないとどうなるのか」を整理してみます。
【この記事のポイント】
- 奥歯を失うと、まず隣の歯が倒れ込み、噛み合っていた歯が伸びてくる
- 歯が動いた後では、ブリッジやインプラントを入れるスペースが足りなくなることがある
- 奥歯の支えを失うと、前歯が押し出されるなど噛み合わせ全体に影響が及ぶ場合がある
- 噛む機能の低下は、栄養状態や全身の健康との関連が研究で指摘されている
- 傾いた歯を起こす・伸びた歯を押し戻すなど、矯正治療で対応できる場面がある

奥歯を1本失っただけでも、なぜ問題になるのですか?
歯は、1本ずつ独立して立っているわけではないからです。
歯列は、隣り合う歯どうしが接触点(コンタクトポイント)で支え合い、さらに上下の歯が噛み合うことで、前後・上下の位置が保たれています。
つまり1本の歯は、左右の隣の歯と、噛み合う相手の歯——合わせて3方向から位置を決められている、と考えてください。
どこか1つが欠けると、その歯は支えを失います。
とくに第一大臼歯(6番)は、上下の噛み合わせの基準となり、噛む力の中心を担う歯です。6歳ごろに生えてくるため、生涯で最もむし歯になりやすい歯でもあります。
ここを失った影響は、欠損した場所だけにとどまりません。
奥歯を失ったまま放置すると、歯はどう動きますか?
主に2つの方向で変化が起こります。横方向の傾斜と、縦方向の挺出(ていしゅつ)です。
隣の歯が、欠損スペースへ倒れ込む
支えを失った隣の歯は、空いたスペース側へ傾いていくことがあります。
傾いた歯と、その隣の歯との間には、くさび状の深いすき間ができます。これが厄介です。
- 食べ物が詰まりやすくなる
- 歯ブラシやフロスが届きにくくなる
- むし歯や歯周病が進行しやすい環境になる
- 歯の傾きにともない、歯周ポケットが深くなることがある
一度傾いてしまった歯を起こすには、矯正的な処置が必要になる場合があります。
噛み合っていた歯が、伸びてくる
上下の歯は、噛み合うことでお互いの位置を保っています。
噛む相手を失った歯は、少しずつ伸び出てくることがあります。これを挺出(extrusion)と呼びます。
対合歯を失った臼歯では、挺出が高い頻度で認められると報告されています※1。
挺出がやっかいなのは、後から治療しようとしたときに、はじめて壁になる点です。
伸びてきた歯が、下の歯ぐきに近づいてくる。すると、いざブリッジやインプラントの被せ物を入れようとしたときに、高さが足りません。
この場合、伸びた歯を元の位置へ戻す処置や、歯を削って高さを確保する処置が、別途必要になることがあります。
噛み合わせ全体には、何が起きますか?
支える歯が減ると、残った歯に力が集中し、噛み合わせの構造そのものが変化していくことがあります。
残った歯への負担が増える
奥歯は、噛む力の大部分を受け止めています。支える歯が減れば、1本あたりが負担する力は当然増えます。
過度な負担が続くと、歯の動揺や歯根の破折につながることがあります。
前歯が押し出されることがある
奥歯の支持を失うと、噛む力の一部が前歯へ向かいます。
ところが前歯は、もともと強い力を受け止める構造ではありません。そのため前歯が前方へ傾き、出っ歯やすき間が目立つようになる場合があります。
「奥歯を抜いたあたりから、前歯が出てきた気がする」というご相談は、決して珍しくありません。
噛み合わせの高さが下がる
奥歯を複数失った状態が長く続くと、上下の顎の距離(咬合高径)が低くなることがあります。これにより口元の印象が変化する場合があります。
顎関節への負担が増える可能性も指摘されていますが、欠損と顎関節症の関係については研究者のあいだでも見解が分かれています。必ず顎関節症になるというものではなく、リスク要因のひとつとお考えください。
片側だけで噛む習慣がつく
噛みにくい側を無意識に避けるうちに、片側だけで噛む癖がつくことがあります。
使わない側には汚れが溜まりやすくなり、左右の筋肉の使い方にも差が生じます。
顎の骨は、どう変わっていきますか?
歯を失った部分の骨(歯槽骨)は、噛む刺激を失うと次第に痩せていきます。
抜歯後の顎堤は、最初の1年間で幅が大きく減少することが報告されています※2。上顎の奥歯では、上顎洞(副鼻腔のひとつ)が下方へ広がってくることもあります。
骨が痩せたあとにインプラント治療を希望される場合、骨を増やす処置が必要になることがあります。
つまり、放置した期間が長いほど選べる治療の幅は狭くなり、期間も費用も増えていくという構造です。
全身の健康とは、どう関わっていますか?
お口の状態と全身の健康は、いくつかの経路でつながっていると考えられています。ここからは、現在の研究で関連が指摘されている事柄をご紹介します。
噛む力の低下と、食事の変化
奥歯は、食べ物をすりつぶす役割を担っています。
奥歯を失うと、硬いものや繊維質の多い食品を自然と避けるようになりがちです。
- 肉や野菜の摂取が減りやすい
- やわらかい炭水化物に食事が偏りやすい
- たんぱく質・ビタミン・食物繊維が不足しやすい
ご本人は「好みが変わっただけ」と感じていることが多く、原因が奥歯にあると気づきにくいのが特徴です。
オーラルフレイルという考え方
口の機能のわずかな衰えが、全身の虚弱(フレイル)につながるという考え方があります。
日本の地域在住高齢者を対象とした研究では、口腔機能の低下が身体的フレイルや要介護状態と関連することが報告されています※3。
認知機能との関連
残っている歯の数と、認知症発症との関連を調べた日本の大規模調査があります。
歯がほとんど残っていない群では、20歯以上保持している群と比べ、認知症発症のリスクが高い傾向が示されました※4。
ただし、これらは関連を示す研究であり、因果関係が証明されたものではありません。歯を残すことが直ちに認知症を防ぐ、という単純な話ではない点にはご注意ください。
糖尿病との関わり
欠損部の周囲は清掃が難しくなるため、歯周病が進行しやすくなります。
歯周病と糖尿病は互いに影響を及ぼし合う関係にあることが知られており※5、歯周組織の炎症が血糖コントロールに影響する可能性が指摘されています。
誤嚥性肺炎
噛む・飲み込むという機能が低下すると、誤嚥のリスクが高まります。
口腔内の衛生状態が良くない場合、誤嚥性肺炎の要因になりうると考えられています。
矯正治療では、奥歯の欠損に何ができますか?
奥歯の欠損に対しては、ブリッジ・入れ歯・インプラントといった補綴治療が一般的な選択肢です。
一方で、歯を動かすという観点から、矯正治療が役割を果たせる場面があります。
傾いた歯を起こす(アップライト)
倒れ込んだ大臼歯を、本来の歯軸へ戻す処置です。
補綴治療の前処置として行うことで、被せ物の設計がしやすくなります。歯と歯の間の形態が整い、清掃性が改善することも期待されます。
伸びた歯を押し戻す(圧下)
挺出した対合歯を、歯科矯正用アンカースクリューなどを用いて元の位置へ戻す方法です。
補綴に必要なスペースを取り戻すことを目的とします。歯を大きく削ったり、神経を取ったりせずに済む場合があります。
欠損スペースを、矯正で閉じる
条件が合う場合、後方の歯を前方へ移動させてすき間を閉じる方法があります。
たとえば第一大臼歯を失ったケースで、第二大臼歯や親知らずを前方へ移動させる方法です。適応は限られますが、人工物を入れずに済む可能性があります。
(詳しくは「奥歯を抜くので、親知らずを持ってこれますか?」をご覧ください。)
どの方法が適しているかは、骨の状態・残っている歯の位置・年齢によって変わります。当院ではデジタルCT、セファロ、口腔内スキャンによる検査結果をもとに判断しています。
なお、大臼歯を思いどおりの方向へ動かすには、力をかける位置と歯の抵抗中心の関係を読む必要があります。この考え方は矯正治療の鍵『抵抗中心』とは?で詳しくお話ししています。
院長の所感
当院には、他院で「奥歯はそのままでも大丈夫でしょう」と言われた、という方がしばしば来院されます。
拝見すると、対合歯がすでに数ミリ挺出していて、補綴のスペースが確保しづらい状態になっているケースがあります。
こうなると、アンカースクリューで挺出した歯を圧下してから補綴に移る、という手順をご提案することになります。最初の段階で対応できていれば、不要だった工程です。
一方で、何年も経過した状態からでも改善できることは、決して少なくありません。
傾斜した大臼歯を起こしたことで歯周ポケットが浅くなり、保存の見通しが立ったケースも経験しています。
日々の診療で感じるのは、欠損は「補う」か「放置する」かの二択ではないということです。
歯を動かすという第三の選択肢があることを、もっと知っていただきたいと思っています。
私自身も臨床経験や学びを重ねながら、補綴と矯正のどちらが患者さんにとって負担の少ない道なのか、考えることはたくさんあります。
赤坂矯正歯科 院長 黒岩哲良
参考文献
※1 Craddock HL, Youngson CC, Manogue M, Blance A. Occlusal changes following posterior tooth loss in adults. Part 1. J Prosthodont. 2007;16(6):485-494.
※2 Schropp L, Wenzel A, Kostopoulos L, Karring T. Bone healing and soft tissue contour changes following single-tooth extraction. Int J Periodontics Restorative Dent. 2003;23(4):313-323.
※3 Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, et al. Oral frailty as a risk factor for physical frailty and mortality in community-dwelling elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2018;73(12):1661-1667.
※4 Yamamoto T, Kondo K, Hirai H, et al. Association between self-reported dental health status and onset of dementia(AGES Project). Psychosom Med. 2012;74(3):241-248.
※5 Preshaw PM, Alba AL, Herrera D, et al. Periodontitis and diabetes: a two-way relationship. Diabetologia. 2012;55(1):21-31.
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 奥歯が1本ないだけでも、治療は必要ですか?
症例により異なります。すぐに大きな問題が出ないこともありますが、隣の歯や噛み合う歯が動き始めると、元の状態へ戻すために手間がかかります。まずは現状を確認されることをおすすめします。
Q2. どのくらいの期間で歯は動いてしまいますか?
個人差が大きく、一概には言えません。数ヶ月で変化が見られる方もいれば、数年かけて緩やかに進む方もいます。定期的にレントゲンで確認しておくと、変化に早く気づけます。
Q3. すでに何年も放置しています。もう手遅れでしょうか?
状態によります。挺出や傾斜が進んでいても、矯正的な処置で改善できる場合があります。骨や歯根の状態を精密検査で確認したうえでご説明いたします。
Q4. 親知らずがあれば、奥歯の代わりになりますか?
親知らずの位置や形態、歯根の状態によります。矯正で移動させて活用できるケースもありますが、すべての方に適応できるわけではありません。
Q5. 矯正と補綴を両方行う場合、順番はどうなりますか?
一般的には、矯正で歯の位置を整えてから補綴に移ります。先に被せ物を入れてしまうと、後から位置を変えにくくなるためです。かかりつけの歯科医院と連携しながら進めます。
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【治療に関する注意事項】
- 矯正治療の効果・治療期間・費用には個人差があります。記事中の数値はあくまで一例・目安です。
- 矯正治療には、痛みや違和感、歯根吸収、歯肉退縮、う蝕(虫歯)・歯周病リスクの上昇、治療後の後戻りなどのリスク・副作用が生じる場合があります。
- 矯正用アンカースクリューを使用する場合、脱落や周囲の炎症が生じることがあります。
- 欠損部への対応は、矯正治療のほか補綴治療(ブリッジ・入れ歯・インプラント)が選択肢となります。適切な治療方針は精密検査に基づく診断によって決定されます。
- 記事中で紹介した研究報告は、特定の治療結果を保証するものではありません。
- 当院の矯正治療は公的医療保険適用外の自由診療です(顎変形症など一部保険適用となる場合を除く)。
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執筆者紹介
赤坂矯正歯科 院長 黒岩哲良
経歴:日本矯正歯科学会認定医/歯学博士/鶴見大学歯科矯正学講座 非常勤講師
矯正専門の歯科医師として、患者さん一人ひとりに最適な治療を提供することを使命としています。
デジタル矯正技術の導入や、世界中でアップデートされる治療方法の研究を日々行いながら、治療精度を高めています。表側ワイヤー矯正、アンカースクリューを併用したハイブリッドな治療、マウスピース型矯正装置や舌側(裏側/リンガル/ハーフリンガル)矯正装置などを使用する目立たない治療、加速矯正処置も行っており、幅広い症例に対応可能です。
患者さんの健康と審美性を両立させるため、チーム医療の重要性を重視し、各専門家との連携を積極的に行っています。
これからも最新の知識を学び続け、より良い矯正治療を提供できるよう努めてまいります。お気軽にご相談ください。
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